No.31「たぬき玉・乙」


また別の人間はたぬき玉に、ある加工を施して返すのが好きだった。
たぬき駆除用の麻酔スプレーを吸わせ、痺れているうちに施術を行う。
たぬきが纏うションボリとスプレーの成分が結びついて麻痺させるため、野良の方が痺れている時間は長い。
声も出せず、感覚を遮断されて自分が何をされているかもわからない恐怖に震える事すら出来ないチビたぬき達に次々と処置を施して行く。
手慣れた様子で、既に何匹も手にかけているのは明らかだった。

道路上に、拐った時と同じダンボール箱を戻しておく。
麻酔が切れ、ズキンズキンと痛みを感じ始めて泣き叫ぶチビたぬき達。
「ｷｭｰ…ｷｭｰ…！」
「いたいし…いたいしぃぃ…」
「まま…たしけてし…」
「うちのチビ達の声がするし…！？」
我が子の声を聞き分け、親たぬきがどたどたと駆けつけて。
安堵の表情を見せたのは束の間だった。
「ああっ…しっぽないし…！」
親たぬきは、嘆息した。
「もう…このチビ達はだめだし…」
箱の中のチビたぬき達を驚く程あっさりと見捨ててトボトボと歩き出す。
「ｷｭｯ!?」
「まま…待ってし…」
「いかないでし…ｷｭｳｳｳ！」
箱の中のチビたぬき達はよりいっそう騒がしくなったが、
親たぬきは少しも振り向きもせずに行ってしまった。
しばらくして、悲鳴を聞きつけた他所のたぬきが箱の中を覗き込んでも、
「なんだ…しっぽ無しかし…いらないし…」
と、興味をなくし拾うのをやめてしまうほどだ。
なんでも、しっぽを失うとたぬきにとっては大変に不都合らしい。
箱の中のチビたぬき達は悲壮なコーラスを奏でていたが、しっぽを大きく振った1匹のたぬきもどきが通りかかると、やがて静かになった。



また別の人間は、裁縫が得意だったので髪の毛としっぽ同士を縫い合わせて姉妹を背中合わせのワンセットに仕上げたり、
首の神経をいくらか切除して皮膚を縫合し直し、半身不随の要介護チビたぬきを作ったりしていた。
無事とは言えない姿で戻ってくるチビたぬき達に対する親の愛情を試すのも、また一興だ。
あっさり見捨てる育児放棄たぬきもいれば、無理して育てた心労がたたって捨てたり食べてしまったりもする。

最近は中身をくり抜いた後に綿を詰め込んだ後に縫い合わせて、“見た目だけたぬき”を作るのにハマっていた。
成体だと一苦労の工程も、チビたぬきならば容易い。
作った後は興味がないので、プレゼントとして置いて立ち去る。


巣に置いておけば、チビたぬきを探し疲れて戻ってきた親たぬきはあっさりと受け入れた。
「なんだし…チビ帰ってきてたし…心配したし…」
スカスカで弾力を失った感触のチビを抱き上げる。
「なんかおまえ…軽くないかし？」
お人形みたいになった我が子をしばし不思議そうに抱き上げる親たぬきは、背中にイヤな汗をかきながらも、少し頭が弱かったのか。
我が子が我が子ではなくなっている事に気づくのは、ずっと後の事だった。



「ほうら。おチビちゃん達。これあげるよ」
無責任に餌付けして、たぬきの育児をぶち壊すのが趣味だ。
仄暗い路地裏で親が出かけて留守番中のチビたぬき達を見つけたので、棒の先にチョコがついたお菓子を差し出して、誘き寄せる。
嗅いだ事のないであろう甘い匂いにつられて、無警戒に近づいてきた。
靴に頬をすりすりしてくるチビ達が媚びた声をあげる。

ｷｭｳｰ？(それなんだし…？おいしそだし！)
ｷｭｷｭｳ…ｷｭｳ…？(それくれるし…？)
ｷｭｯｷｭ~ﾝ…♪(くれるなら、だいすきだし…♪)
ｷｭｷｭｯ…ｸｩｩﾝ♪(だからそれ早くちょうだいし…♪)

何を言っているのかはわからないが、好意的な対応なのは手に取るようにわかる。
「ままには内緒だぞ」
かがんで、口元でしー、と人差し指を当ててやると。
チビ達もまたコクコクと頷いた後、
「「「「ｼｰｰｰ…」」」」
と、こちらの真似をして、指はないので口の前でモチモチの手を当てて答えた。
かわいい奴らだ。

「こっちにおいで。付いてきたらあげるよ」
言葉は理解できているらしく、ヨチヨチ、モチモチと後をついてくる。
その場で餌付けしても良いのだが、この後の展開のために容易についてくるチビ達なのかどうかを確かめておきたかった。
どうやら、知らない場所に連れていかれる不安よりも甘いお菓子を食べたい気持ちの方が強いようだ。
案の定、チビたぬき達は振り返ることを一切しないのでこちらの案内が無ければ住処に自力で戻る事は不可能だろう。
公園の芝生まで連れて行き、カバンの中からチビ受けの良さそうなカラフルなビニールシートを広げて、チビ達を座らせる。
眩しい太陽の下で、野良生活では見たことも食べたこともないようなお菓子を振る舞ってやった。
四角いチョコ、まあるいビスケット、乳酸菌ゼリー入りのマシュマロ、いちごの形をしたグミ…木製の深い器に盛り、りんごジュースを添えて、満足するまで好きなだけ食べさせた。

ｷｭｷﾞｭｷｭ…ｷｭｯｷｭｷｭ！(おいしいし…これもおいしいし！)
ｷｭｰ♪ｷｭｷｭｳｳﾝ！(ｷｭｰ♪食べきれないしぃ！)
ﾓﾆｭﾓﾆｭ…ﾓﾆｭﾓﾆｭ…(もにゅもにゅし…もにゅもにゅし…)
ｷｭｳﾝｷｭｳﾝ…♪(ほっぺとろけちゃうしぃ…♪)

幸せな時間を過ごし、お菓子で膨らんだお腹を仰向けでぽんぽん叩いてうっとりするチビたぬき達を抱き上げ、元の住処へ返してやる。
また遊ぼうね、なんて最後まで甘い言葉で飾りながら別れを告げた。
呑気なチビたぬき達は諸手を振って、ばいばいしー！とでも言っているようだった。


「チビたちぃーーー！どこだしーーー！」
一方、突然いなくなった我が子を探して大声を張り上げていた親たぬきは、
外が暗くなってきた事で、仕方なく住処へと戻っていった。
聞き覚えのある声が聞こえてきて、可能な限りの速度で住処へと急いだ先には。

ｷｭﾝ…ｷｭｷｭｳﾝ…(あっ、ままだし…)
ｷｭｳｷｭｳ♪(まま、こっちだし！)
ｷｭｰｯ(おかえりしー！)
ｷｭｯｷｭ…(モチモチしてし…)

ちょこんと座った4匹のチビたぬきは、両手を振って親たぬきを迎えた。
見たところケガもしていないようなので、親たぬきはほっと胸を撫で下ろす。
「おかえりじゃないし…いなくなったのはおまえ達だし…まぁいいかし…」
ぶつくさ言いながら、きっとお腹が空いているだろしと、住処の奥にしまっていた食料を取り出す。
それなりに愛の強い親たぬきだった。
「ごはんだし…ほら、食べるし…」

ｷｭｷｭ〜♪(いつものやつだし♪)
ｷｭｷｭｷｭｰｷｭ！(いただきまーし！)
ﾓｷｭﾓｷｭ…(もぐもぐし…)
ｷｭｯｷｭ…(たべるし…)

差し出された木の実はチビ達の大好物だった。
いつものように喜んで口に含むと。
「ﾌﾞｴｯ！」
「ｷｭｷﾞｭｷﾞｭ…ﾍﾞｯ！」
「ｷﾞｭｯﾌﾞ！」
「ﾚﾛﾚﾛ…ﾍﾟｯﾍﾟｯ…」
チビたぬき達は皆一様に渋い顔をして吐き出して捨てる。
先程貪り食ったお菓子類の甘さを100としたら、親が取ってきた木の実の甘さは12ぐらいか。ゴミだ。
「ああっ…なんて事するし！もったいないし…！」

ｷﾞｭｷﾞｭｳ…(これ…まずいし…)
ｷﾞｭｷﾞｭｰｷﾞｭ…(もっと甘いのじゃなきゃやだし…)
ｷﾞｭｷﾞｭﾜｧｰ！(こんなのいらないしぃぃい！)ｼﾞﾀﾊﾞﾀ
ｷｭｷｭｳｳ！ｷｭ!ｷｭ!(まま、甘いのちょうだいし！)

「えっ甘いのって何だし…？」

ｷﾞｭｷﾞｭｰｷﾞｭｱｯ！(やさしいヒトがくれたんだし！) 
ｷﾞｭｷﾞｭｯ…(それナイショなんだし…)
ｷｭｯ…(あっ…し…)
ｷﾞｭｷﾞｭｳ…(おまえバカだし…)
ｷﾞｭｳｳｳー！(バカじゃないしー！)

“ままには内緒”の約束を守れないチビたぬき達の騒ぐ内容を聞き、親たぬきの表情が曇る。
「…ままがいない間に、勝手に何か食べたし…？」

ｷﾞｭｷｭｷﾞｭｰ!(そうだし！ままがおそいからだし！)
ｷｭｳ…ｷｭｳｷｭｳﾝ…(さっきの、聞かなかったことにしてほしいし…)
ｷﾞｭｷﾞｭｳｳｳｳ！(ままも、はやく甘いのよこせしー！)
ｷｭｯｷｭｰｯ！(甘くなきゃ食べないしー！)

あくまで正当性を主張し、騒ぎ立てる子ども達に対し、親たぬきが下した判断は。
「手に負えないし…捨てるし…」
ドライなようだが、先の事を考えれば妥当な判断だった。
この子達は野良たぬきが超えてはならない一線を超えてしまった。
ならば、自分が親として出来る事は何もない。
そういう結論を、下さざるを得なかった。 
驚きのあまり、ぴょん、と4匹のチビたぬき達は飛び跳ねた。大して飛んでいない。

ｷｭｳｯｷｭ…？(えっ、まま…？)
ｷｭｷｭｳ…(まってし…)
ｷｭｳｳﾝ…？(なんでし…？)
ｷｭｯｷﾞｭｳ…！(いかないでし…！)

チビたぬき達の言葉を敢えて聞かないようにしながら親たぬきは名残惜しい気持ちを抑えこんで、
「よっこいし…」
と一瞥もせずに立ち上がり、背を向けた。
「じゃ、ばいばいし…」
別れの言葉だけを告げて、ションボリ、トボトボと住処を出て歩き出す。
チビたぬき達はいつものように、ヨチヨチ、モチモチとたどたどしい歩みで親の後をついていく。
親たぬきは険しい表情で振り返り、チビたぬき達を恫喝した。
「ついてくんなし…！おまえ達はもう、たぬきの子じゃないし…！」

ｷｭｩｩｰ？(どしてし？)
ｷｭｯｷｭｳｰｷｭ？(チビたちはままの子だし？)
ｷｭｷｭ、ｷｭｯｷｭ？(まま、どしたのし？)
ｷｭｳｳﾝｷｭｳｳｳ！(いつもみたいにモチモチしてしー！)

チビ達は困惑し泣きながら訴えるが、
「これ以上きたら、ぶつし…！」
親たぬきは手を振り上げて、威嚇するような体勢をとる。
思わずビクッと反応し、一瞬だけ立ち止まったチビ達は、
ｷﾞｭｷﾞｭー！(やだしー！)
ｷｭｷｭｯｷｭー！(いじわるしないでしー！)
と、2匹が両手を前に突き出して駆け寄ろうとするが、
「しっ！しっ！」
手を払う親に拒絶され近づく事をためらう。
ｷｭｳｳ…ｷﾞｭｳ…(ひどいこと言わないでしー…)
ｷｭｳﾝ…ｷｭｳｳﾝｰ…(モチモチしてしー…)
動かなかった2匹も遠巻きに見つめながら、なんとか親に擦り寄ろうとしていた。
このままでは埒があかない。
「はぁ…仕方がないかし…」
諦めたように、親たぬきは最も近くにいた1匹のチビを抱き上げた。

ｷﾞｭｰｷｭｷｭ…？(ぎゅってしてくれるし…？)
ｷｭｯｷｭｷｭ…(やっぱりままやさしいし…)
ｷｭｷｭｳ、ｷｭｳｳ〜…(まま、すきだし〜)
ｷｭｩﾝｷｭｳﾝ♪(次はチビだし♪)


「ｷｭｰ…ｸﾞｴｯ！？」
一見、抱きしめたように見えたその行動は。
親たぬきがチビの首元に噛み付いていた。

ーーーたぬきが一度人間の食べ物の味を覚えたら、野良ではもう生きていけないんだし。
チビの首元を噛みちぎり、肉片をぺっ！と地面に吐き捨てる。
先程、自分が振る舞った木の実がそうされたのと同じように。
親の悲しい決断だった。
何か言おうと口をぱくぱくさせていたチビたぬきだったが、やがて目からは涙を、首から血を流して動かなくなった。

「大丈夫だし…痛いのはすぐに終わるし…」
親たぬきは口元に付着したチビの血痕を拭わず、無表情で近づいていく。

ｷｭｰ！ｷﾞｭｷﾞｭｳ！(ｷｭｰ!やだしぃ！)
ｷｭｷｭｯｷｭｷｭｰ！(死にたくないしー！)
ｷｭｳｳｷｭｳｳ…！(ひどいことしないでし…！)

残った3匹のチビが、後退りして互いに身を寄せ合う。
抱き上げられないようにするための、浅はかな抵抗だった。
チビたぬき達は母親の変貌にジタバタしたいのを耐え、恐怖に怯えるしかなかった。
「おや？何をしてるんだいおチビちゃん達」
「……し！？」
チビたぬき達の元に現れた救世主は、甘いお菓子をくれた男だった。
チビ達は即座に鞍替えすると、男に驚く親たぬきの脇を駆け抜けて男の元へ寄っていき、その足に抱きついた。
もちろん偶然などではなく、男は機を見計らって出ていくのを待ち構えていた。

ｷｭｰｷﾞｭｷﾞｭｰ！(あいつひどいしー！)
ｷﾞｭｷﾞｭｯｷｭﾝ!(親じゃないし！)
ｷｭｷｭｳｳ…(こわいし…たしけてし…)

チビ達の様子と、首から血を流して動かない1匹を見て、男はゆったりと微笑んだ。
「よしよし。怖かったね。じゃあウチにおいで」
跪き、足元のチビたぬき達を撫でてやった。

「まずはお風呂かな。その後、また美味しいモノを食べて元気出そうね」
魅力的な提案に、チビたぬき達の表情が少し明るくなった。
涙ぐみながら鼻をすすり、への字の口元をきゅっと引き締めた。

「あ、あの…たぬきはその子達の親だし…」
お風呂。自分が知らない美味しいモノ。
男の甘言は、親たぬきの心にも刺さっていた。
自分も連れて行って欲しそうにもじもじする親たぬきを見て、人間はチビたぬき達に判断を委ねた。
「どうする？」
ｷﾞｭｷﾞｭｰ！(やだしー！)
ｷﾞｭｷﾞｭｯｷﾞｭｱｯ！(あいつは来ちゃダメしー！)
なんて言っているかはわからないが、2匹が手で×の字を作り、眉間と口元に皺を寄せているので拒否の意を示しているのは明らかだった。
「だってさ。お前はダメだ」
「あ、あああ…そんな…そんなし…」
この状況ならば大抵のチビたぬきは無邪気というか、残酷な決断を下す。
人間はわかった上で質問を投げつけていた。
それでも、親の愛情を理解しているチビが迷う素振りを見せる。

ｸｩﾝ…ｷｭｳﾝ…(まま、かわいそだし…)
ｷﾞｭ！ｷﾞｭｷｭｯｷﾞｭ！(じゃあ、おまえもあっちいけし！)
ｷﾞｭｷﾞｭﾝ！ｷﾞｭｷﾞｭﾜｧ！(ぜんぜんかわいそじゃないし！)

残る1匹が遠慮がちに母親と姉妹を見比べているが、2匹の姉妹に突き飛ばされると慌てて首を振って鳴く。
ｷｭﾌﾟ…！ｷｭ､ｷｭｷﾞｭ…！(ひっ、し…うそだし…やだし…)

結局全てのチビたぬきに見捨てられ、親たぬきは心という器を壊してしまった。
ジタバタする気力もないのか天を仰ぎ、虚空を見つめて呟いた。
「そんな、し…たぬきも連れてってし…ﾀﾇｰ…ﾀﾇｰ…」
我が子を自分の手で動かなくしてしまっただけでもつらかった所に、自分から手放したチビ達だけがあたたかな生活へと迎え入れられていく。
放心状態のままへたり込んだ親たぬきは、その場から動けなくなってしまった。


「じゃ、みんな行こっか」
ｷｭｰｷｭ♪ｷｭｰｷｭ♪(おかし♪おかし♪)
ｷｭｯｷｭｳ？ｷｭｷｭ！(なにくれるし？ｷｭｷｭ！)
ｷｭｳﾝ…ｷｭｷｭ(もう…たべてわすれるし…)
親の精神崩壊を見届けてから、チビたぬき達を抱きかかえた。
道を覚える発想がないのは検証済みなので、このまま連れて行けば自力では親のところへは戻れないだろう。
2度と再会することのないよう、親にも子にも配慮して、別の区画の路地裏へと連れて行った。


「じゃあね」
抱きあげていたチビたぬき達を下ろし、男は短く発した。
男の腕の中でワクワクしながらｷｭｳｷｭｳとはしゃいでいたチビたぬき達は、男の唐突な変わりように身をこわばらせた。

ｷｭ…ｷｭ？(えっ…し…？)
ｷｭｷｭｰｳﾝ？(おふろどこだし？)
ｷｭｯｷｭｳｳ…？(美味しいモノどこだし…？)

男は首を振って、にべもなく答えた。
「無いよそんなの。君たちとはここでお別れ」
ここで、と言われてチビたぬき達は辺りを見渡す。
もともと光の入りにくい路地裏は、夜が近づき空が薄暗くなっていてチビの視力では周りに何があるのかよくわからない。
たぬきの服の破片のようなものが見えたような気がした。
なんだか、ションボリが普段よりも多く感じられて。
親にかわいがられ、まだションボリ慣れしていない無垢なチビ達には嫌な雰囲気だった。

ｷﾞｭｯｷﾞｭ…！ｷﾞｭｳｳ…！(ここ暗いし…！やだし…！)
ｷｭｳｷｭｳ…ｷｭｳｳ…！(くさいし…！こわいし…！)
ｷｭｷｭｰｳｳ…！(置いてかないでし…！)

「なんて言ってるかわかんないな〜？」
わざと耳を塞ぐ仕草をして、男はおどけて見せた。

ｷﾞｭｷﾞｭｳ！ｷﾞｭｯｷﾞｭーーー！(聞いてし聞いてし！ここやだしーーー！)
ｷﾞｭｷﾞｨｨｲ！ｷﾞｭｳｳｳ！(おかしほしいしぃぃい！ｷﾞｭｳｳｳ！)
ｷｭｳｸｩｳｳ…！(こんなのひどいし…！)

癇癪を起こし、駄々をこねるようにジタバタを始めたので、その間に男はそろりそろりと距離を置いて。
「ま、いいや。ばいばい」
離れたところから薄く張り付いた笑顔で手を振って、急に真顔になると背を向けた。
人間からすれば軽いジョギング程度だが、たぬきにとっては容易に追いつけない速度で走り出す。
ｷﾞｭｷﾞｭｷｭｰｰｰ！？(まってしーーー！？)
ままもいないのに、こんな所に捨て置かれたら生きていけない。
チビたぬき達は本能的に生命の危機を察した。
置いていかれないよう、母親の時よりも真剣なチビ達はモチモチとひた走る。
悲しいかな、人とたぬきのコンパスの差は歴然だった。
チビ達がどれだけ必死であろうと、どんどん距離が開いていく。


ぼんやりと光る照明の下を通り抜ける際、
男は懐から包み紙を開けた四角いチョコを1つ、地面に置いた。
チビ達が1番気に入っていたお菓子だった。
甘い匂いを放ちながら、薄明かりに照らされてチビたぬきに拾われるのを待っていた。
ｷｭ…ｷｭｷｭｷｭ…！(あっチョコだし…！)
悲しいかな反射的に拾おうと身をかがめ、先頭のチビは速度を落とす。
追随していたチビたぬき達が対応できるわけもなく、玉突き事故を起こしてしまった。
ｸﾞｴｯ…ｷﾞｭｷﾞｭ…(ｸﾞｴｯ…い゛だいじ…)
ｷﾞｭﾌﾞ!ｷﾞｭｷﾞｭｳｳｳ…！(ｷﾞｭﾌﾞ！なんで止まるし…！)
男の姿がどんどん多く小さくなっていく。
先頭を走っていたチビたぬきは立ち上がってチョコをモチャモチャ、独り占めしながら見送る他なかった。
後ろの2匹は跳ね飛ばされた勢いでジタバタともがいている。

ｷｭｷｭｷﾞｭｳｳ！ｷｭｯｷｭｷｭｳ！(ああああし！いっちゃったし！)
ｷﾞｭｳｷﾞｭｳｰｷﾞｭ！ｷﾞｭｷﾞｭー！(もう追いつけないし！バカー！だしー！)
ｷﾞｭｷﾞｭｯｷｭｷﾞｭ！ｷｭｷｭｳｳーーー！(バカじゃないし！ひどいしぃぃーーー！)

バカ呼ばわりされた先頭のチビもジタバタをし始め、収集がつかなくなる。
自ら親を見捨てたのに、暗い路地裏に取り残されてしまったチビたぬき達。
しばらくは何ごとか揉める甲高い声と、やがてすすり泣きが聞こえて。
次の朝には、何も聞こえなくなっていた。


10月だっていうのにまだまだ暑い。
親たぬきのためにアイスちびたぬきでも作るか。
作り方は簡単。
ちびたぬきを冷凍庫に入れて凍らせてから親に返すだけだ。
今回は丸一日かけて全てのチビを凍らせてあげた。
まずはジタバタと暴れないよう、親が留守の間チビ達にたぬき駆除用の睡眠スプレーをかがせる。
たぬきが纏うションボリと結合して睡眠作用を生み出すので、他の生き物に害はない優れモノだ。
その後、自宅に連れ帰り金属のボウルに氷と塩を入れて急速に温度を下げれば寝ている姿勢で仮死状態に陥る。
直立姿勢で手を内側に畳んでいるチビたぬきが好きなので、そのままの形で冷凍庫に入れる。

出来上がったアイスちびたぬきを、親が留守の間に戻しておいた。
「あああ…し！ちび達、戻ってきてくれたし…！」
1日ぶりの再会に、親たぬきは感動にむせび泣く。
とはいえ、肌はカサカサに乾燥し、涙の水分すら惜しい状態に違いない。
この日の気温も30度を超えており、10月だというのにセミが鳴く異常気象だ。
この親たぬきは、直立不動でカチコチに固まったちびたぬき達が冷たい事に、何の疑問も湧かないようだった。
「あれ？ちび…なんだか…ひんやり冷たくなってるし…♪」
それどころか、異常を受け入れて喜び始めている。なんだこいつ。
「よしよし、ままのために冷たくなってくれたんだし？良い子だし…！」
頭が弱い親だったらしい。
冷たい抱き枕と化した我が子を順番にギュッと抱きしめて、ゴロゴロと寝床でくつろぎ始めた。
お前のところのちび、保冷剤になってるよと教えてあげたい。


「いつまで経っても動かないし…もう冷たくないし…」
「どうしたんだし…起きるし…」
しっぽをくいくいっと引っ張ってみても。
手を離せば、ぽてん、と落ちるのみ。
このちび達は身体の芯まで凍ってしまったので、他の部位が溶け始めても最重要器官である心臓が動かないままだった。
他の部位に血液を送れず、ちびたぬき達が動き出すことは2度となかった。


「ちび達、暑いからお日さまの下に出ちゃダメだし…今は日かげで遊ぶし…」
「ｷｭｰ…わかったし…」
「ｷｭｯｷｭ〜」
「虫さがすし…」
この親たぬきは、前のと違ってシャッキリした性格のようだった。
「おみずを飲むし…一気に飲んじゃだめだし…少しずつ舐めるし…」
「はいだし…」
「ﾍﾟﾛﾍﾟﾛ…」
「ｺﾞｷｭ…ｺﾞｷｭ…」
熱中症への知識があるのか、学んだのか知らないがなかなかしっかりした親たぬきだ。

もう一つのパターンを試したくなったので、やってみる。
今度はチビたぬき達を芯まで凍らないよう数時間で取り出し、放っておけば解凍され仮死状態から目が覚めるようにしておいた。
こいつなら冷たくなった我が子を抱いて寝るような事はしなさそうだ。
あの親たぬきは結局動かなくなった我が子らを、
“動かないちびつまんないし…勲章もらえないし…食べるし…中はまだひんやりしておいしいし…♪”
と全て食べてしまう外道たぬきだった。
仰向けで手足を縛って日向に放置して、子供とは逆にあたたかくしてやったが、その後は見かけていない。


「い…ち、ちび！！」
凍りついた我が子を発見し、親たぬきは嘆き悲しむかと思われたのだが、
異常をいち早く察し、蘇生のための行動を始めたのが興味深かった。
「冷たくなってるし…動かさなきゃし…！」
半端な知識に基づいて親たぬきは陽の当たる場所にアイスちびたぬきを寝かせて身体をさすったり、モチモチとマッサージを施した。
何もせずにそのまま放っておけば体温を取り戻して快復していたはずが、親の余計な行動により、
手足で滞っていた冷たい血液が心臓に殺到して心停止を起こしてしまい、ちびたぬきは永久に動くことはなくなった。
「なんでし…？ちび動かないし…？」
まさか自分がトドメを刺してしまったと思いもよらず、
親たぬきは目覚めぬ我が子の身体をモチモチとさすり続けた。
きっといつかはちびが息をしていない事に気がついて、死んでいる事実に涙するんだろうな。
満足して、次の日たぬき玉を探す事にした。


またもや、3つのちびたぬき玉を拐ってきて、1匹だけは冷蔵庫で眠らせる。
今度は冷蔵なので仮死状態だ。
他のチビたぬき玉ともども、ダンボール箱に入れて親元へ返す。
ただ寝ていただけのちびたぬき達は涙目であくびをしたり、伸びをして身体を揺り動かし始めた。
「ﾑｷｭｰ…」
「ｷｭ…ｷｭｱｱ〜」
「あぁ…ちび、ちび…良かったし…」
親たぬきは箱からちび達を出してやると、
次々と抱きついてくるちびたぬき達を2度と離すまいと頬や身体をモチモチする。
ひとつだけ、まだちびたぬきの姿に戻らないたぬき玉が箱の中にある事に気づいた。
そっと手を伸ばして触れてみると、冷たい。
ちびの方が、大人のたぬきよりあたたかいはずなのに。
親たぬきは、ため息をついた。
「こいつはもうダメだし…捨てるし…」
自分がこれまで見た親たぬきの中ではドライな反応だが、厳しい自然の中でちびを育てようと思えば精神の切り替えは重要なのだろう。
もっとも、その判断が正しいかどうかは別だが。
親たぬきは落胆しながら、ぽい、と冷たいちびたぬき玉を放り捨てた。
コロコロコロ…と転がっていったチビたぬき玉は、アスファルトの熱によって体温を取り戻していた。
丸まった姿が解け、ちびたぬきが姿を現す。
「……ﾌﾟﾙﾙｯ…ｷｭ…」
「…えっ！？」
驚いてぴょんと跳ねる親たぬき。大して飛んでいない。
「ちび…生きてたし…！？よかったしぃ〜…グスッ」
「ｷｭ…？ｷｭ…ｷｭｳﾝ…？」
もそもそと目を覚ましたちびたぬきが、親たぬきに向かって
ままー、ままー、と言いたげに両手を振る。
無防備に、車道の上で。
｢ｷﾞｭｯ」
短く鳴いて、それも駆け抜けるトラックの轟音にかき消される。
保護し直そうと近寄っていた親たぬきは、極太のタイヤにすり潰された、ちびだったものが遺した返り血を浴びて、絶叫するほかなかった。
「ちびぃいいい！あ゛…ああ゛あ…ごめんし…ごめんしぃぃ…なんで手放しちゃったんだしぃぃ…！」
まだ生きていたとわかっていたら。
そんな無意味な“たられば”に囚われ、親たぬきは泣き叫び続けた。
一連の騒動に気を取られ悔やんでいる間に、無事だった他のちびたぬき達は、他所のたぬきに拐われていた。
「あれ…？無事だったちび達いないし！？なんでしぃぃぃ！？」
頭を抱え、混乱した親たぬきは、その場でジタバタし続けた。


抗議の声を受けながら、1匹のたぬきがダンボール箱を抱えてトテトテトテ…と走っていた。
「ｷｭｰｷｭｯｷｭ！」
「ｷｭｩｩｰ！」
「しっ…静かにするし…！たぬき見てたし！あの母親は自分の子を道路に投げ捨てるひどいやつだし…！」
まだ喋れないうちであれば、深い愛情で上書きしてしまえば自分の子同然となる。
たぬきのテキトーな生態が、ここにも現れていた。
「たぬきがちゃんと、育ててあげるんだし…！」
食べるためだったり、子育て勲章狙いだったり。
あるいは自分の子を拐われた被害たぬが、無事なチビたぬきを拐うという負のループまで発生していた。
この街は、たぬきもたぬきを拐うのだ。


よそのチビたぬきを拐ったら、拐われた子と再会する事もあった。
「あっままだし…！」
「あっチビ…無事だったし…！？」
一緒にいなくなった姉妹の下の子だけがいる事に気づき、それぞれのチビの顔を確かめる。
やはり、他の我が子は見当たらなかった。
ため息をつく親の様子を見て、チビたぬきは表情を曇らせた。
「おねえちゃんは一緒に寝てて、起きたら頭としっぽが入れ替わってたし…ｷｭｳｳ…！」
小さなチビたぬきは、親への再会の喜びを上回るションボリを隠しきれない様子で声を震わせた。
「そうかし…おまえだけでも無事でよかったし…」
親たぬきは自分の子だけでなく、他のチビ達の頭も一通り撫で、両手で頬をモチモチしていく。
親の匂いを上書きする、たぬきのやり方だった。
「この知らないチビ達も一緒に連れていくし…」
拐われた子を拐い返し、親たぬきはトボトボと歩いて行く。
その場でモチモチされたチビたぬき達が、その後をトテトテ…とついていった。

数時間後。
親が昼寝をしている間に、またもやチビ達だけが拐われてまた離れ離れになった。
この親子は、それっきり再会する事はなかったという。


「あの…すみませんし…うちのちびを、知りませんかし…？」
学習せず、子供を拐われた親たぬきが今日も街を彷徨っていた。

オワリ